FC2ブログ

てほどきのこと 「破」

ちょいと、お聞きなさいな
おやぁ?M氏のおててが
「ちょいと、そこのお方。」と
「まねきねこ」さんになっている(うふふ)
「おいでおいで~♪」とな?

ではでは、御用とお急ぎでない方は
おつきあいくださいませ。
「てほどきのこと」の続きです。

カテゴリーは「思春期科」としましたが
いわゆる「中2さん」あたりのお話ということでなく。
「人として心が動き始めるころ」という認識で
年齢では区分しない方向でお話したいと思います。

というのは精神的な成長って体以上に千差万別。
年長女子で「井戸端会議名人」もおりますし
高校生でも「自分ワールドの住人」もおります。
それぞれの心の成長の中で
かなり意識的に
「自分自身の過去・現在・未来」が
くっきりと姿を現したあたり・・
「自己」と「他者」を
過去の自分と今の自分、そして未来は?
そんなことを
ひどく意識してしまうのは「人の常」
そんな「意識」の「ことはじめ」の時代。

そんなつもりで「思ふことの『春』の期間」
という意味においての「思春期」カテゴリー。

なので「てほどき」より、
むしろ「こころほどき」?かな?

「てが固まる」のは筋肉の緊張。
では「こころが固まる」のはなぜ?
過去の「なにか」によって
「こうであらねばいけない」
「こうするべき」
と、決めてしまうからかな?と思います。私は。

まるで
「だるまさんがころんだ!」
の「だ!」の瞬間みたいに
その場でうっかり決めてしまった
思いがけないポーズで
固まったまま、
どうにも動けない。そんな状態。

こころがそんな形で固まって
どうしようもないとき。
ピアノの練習(上達)も
どうにも停滞するような気がします。
(教育用語でいう「プラトー(高原)」ってやつですね)

自分のことを振り返ったり
何人か(何十人?か?)の成長を
見守る幸せを得て、思うのですが

いっしょうけんめいな子ほど
ピンポイントで
「できないところ」を見つめてしまって
すぐ隣の壁が、ほとんど崩れるほど薄くなっていても
気がつかないのかな?というときが
たくさんあるように思います。

そんなときは目先を変える。
もちろん!、言葉では簡単。
手っ取り早いのは「優しい曲を丁寧に」です。

ところが「思ふ人初級」の時代ですからね。
自意識と、他者との比較のはざまで
心の中は、えらいことになっているわけです。

そんなわけで。
弾きたい曲に挑戦する(させる)」。というのも
こんな時期のひとつの「手」だったりします。
「曲が育ててくれる」ということって本当に多い。
でも
大曲にむしゃぶりつくがために、
さらに自分が小さく感じられたり
逆に
ひどく荒っぽくざざっと弾き散らかして
まるで
「5合目までバスで行った=富士山に登った」
とすっかり信じ込んでいる人みたいになるのも
どうかな?と思うわけです。

出来た。記憶。
出来るようになった。喜び。
出来なかった。悲しみ。
いつか出来るようになるだろう。期待。

すべて「自分なりの形」で
心の引き出しのどこかに
しまっておく。
そんな時代なのかもしれません。

この時代は、ものすごくたくさんのことが吸収できます。
そして、同じくらいたくさんの挫折も味わうはずです。
強い翼をもったような錯覚をしてるのよね(苦笑&遠い目)
一方で「自分など塵に等しい」などと卑下したりもする(ややこし)
その「あやうい自分」を自覚するがゆえに
今の方法(過去の方法?)に固執してしまうのかも。

もちろん!「強制」「拘束」は必要です。
愛情をこめて、理にかなったものであれば
たとえば、こんなに美しい花になるわけで。
NEC_2235.jpg
野の花の美しさを否定しません。
でも
ここまでの「丹精」もまた
否定してよいものではありません。
(と、私は思います)

さて、では。
「丹精」ではなく「束縛」になっちゃった?(おろっ)
というときに
ちょっとだけ目先を変える。私的方法です。
(自分用だったり、生徒ちゃん用だったり)

そしてもちろん!
「今、こういう状態だろうから」なんて言わない!
こちらの勝手な憶測ということもありますし
とにかく、あれこれ試してみるのみ!

ハノン(使う子と使わない子がいますけど)
本来の使用法:指定された番号を指定された調で暗譜で弾く。

目先変更:せっかちさん用。
 1小節~2小節だけ。または1オクターブだけを
 次々繋げて「まぜまぜオリジナル簡易版」で練習
★音形を次々変えるのは実はたいへん。
 でもこれなら「○●番まで続けて通す」のは簡単(爆)

目先変更:クラシック嫌い!さん用
     右→左 または 左→右 で付点リズムを創る
     (ツン(右)タ(左)・ツン(右)タ(左))
     そのまま「どっど・みっみ・ふぁっふぁ・そっそ」と
     ブギウギリズムでハノンを弾く(なかなかゴキゲン)
     タンゴでもボレロでも、お好みでどうぞ♪
★実は左→右 右→左を同じに弾けるには腕と指の独立が必要だけど
 ノリと勢いで「うっかり体得」することがあるからあなどれない(爆)
 別名「リズム練習」だなんて、絶対に秘密(爆)

ツェルニー(他エチュード全般)
本来の使用法:楽譜通り指定テンポで暗譜で弾く。

目先変更:倍のテンポ(ゆっくり)でペダルを使って演奏
★たいへんムーディーになるので、弾く気になる(爆)

目先変更:左右逆転して練習(某御大推奨)   
★実は本曲より難しくなる。アマノジャクさん向き(爆)

などなどなど・・かな?

こう言った練習は、「目先を変える」ために
見かけ上では「楽譜から離れる」ときがあります。
(教える側には、徹底した楽譜研究が必要だけど)

弾く人にとって、楽譜というのは「道しるべ」ですから
それを離れるには「原始的な感覚」を呼び起こす必要があります。
自分の五感だけで行く先(練習の目的)を決めなければいけないから。

なので生徒ちゃんには
「ここだけ!でいいから、集中しよう」
「感覚を『全部いっしょ』につかおうね」
「見て(目)・うたって(口)・弾いて(手)・聴いて(耳)・感じて(心)」

(五感の内、味と匂いは「一般的には」ありません(共感覚保持者は別))

これらを、同時に動かそうなんて
音楽するって・・
なんてたいへん・・・ね・
でもね。
こんなにも、同時に動かせるなんて
なんて楽しいことでしょう!

ね?M氏?
すぴぴぴぴぴ・・・。

あら・・・ぐんにゃりさん(呆)
こころ・・ほぐしすぎた?

では、彼の原始的感覚を
覚ますために?(ウソです~♪)
おまけとしては、こちらの動画はいかがでしょう?

生活がリズムをつくる。言葉も。
それがやがて音楽になる。
そして、音楽は
ふたたび「ことば」になっていく
なんて幸せな世界。

楽譜の迷路で
かたまってしまった子(人?)に
「ほら!空が青いわ!」
と言うように。
この動画を見せたいな。と思います。

ここから、もういちど
あなた自身のおんがくを 
創りなおしてみるのは、いかが?
とね。
(ご注意:字幕(言葉)のわかる方も、すべてを「音」としてお聞きください)

スポンサーサイト



わたしのせんせい

5月5日 タンゴの節句
ぽっかりとあいた昼下がりのひと時
まぁなんともいいお天気♪
NEC_1558.jpg

今日~明日の夕刻はスーパームーンとか
夕方までこのお天気が持ってくれればいいなぁ。
などと思いつつ、

なんとなく思い出したので
という理由で、想い出話を少々。

Pクリニック「思春期科」にエントリーしたのは
このあたりが「弾く人になろう」と思った頃かな?と
今さらながら(いやほんとうにいまさらだわ!)
ふとそう思ったので「思春期の記憶の記録」として。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「私、うっかり特急に乗っちゃったらしいのよ。。。」
と、申し訳なさそうに先生がおっしゃった。

そうおっしゃったことに驚いて思わず立ち上がって
楽譜をばらばらと落とした(いつだってドジ!)
ということは覚えている。

まぶしいほどの夕焼けの中
音楽大学という場所にしては驚くほど静かだった。
気がつけば7時近かったのかもしれない。
待ち始めたのはいつからだったろう。。
なにしろ遠い遠い昔のことだし。。(爆)

ともあれ
「午後のレッスン」
という予定だったことはたしかだけれど。

私としては、待つのは当然。。。と思ったけれど
いらっしゃらなくても、それも当然。。とも思っていた。
私にとって、先生はそれほどの方だったから。
そして私はその程度の生徒だと思っていたから。
それは思い込みで、私の「程度」はともかくとして
先生はそんな方ではなかったというのに。

そして、「乗る電車が違った」ということに
別な意味で本気で驚いた。
まさか「それほどの先生」があのお年で(80歳越え)
運転手付きの車でもタクシーでもなく
おひとりで電車移動されているとは思わなかったから。

そして玄関前の外階段に座り込んで待っていた私に
「ごめんなさいね」
とおっしゃった。

え?え?・・
と思うきり、言葉も出なかった。

「小田原までいっちゃったわ。。。」

・・・そんな遠いところから
わざわざもどってくださったのか。
携帯のない時代。
小田急線の電車の本数もあまりなかった記憶が。。。
折り返しの電車を探して右往左往されたのだろう。
先生にしては、すごくめずらしく汗をかかれていた。

涙がぽろぽろこぼれた。

「ごめんなさいね。ずいぶん待たせたわ」

・・・違うんです。違うんです。
その言葉も出なかった。
(今思い出してもほんとに情けない!!)

ただ。夕焼けに浮かび上がった先生のお顔が
ずいぶんときれいだったなぁということと。
暗くなった大学の階段(せまかった・・・)を
先生の手を引いて降りたことと。

先生は二人分(ひとり帰っちゃったのね)2時間を
ほぼ立ちっぱなしで教えてくださった。
(今考えたら、これも驚異的!)

先生と、そしてブラームスの音楽が
ずいぶんと自分に近づいた気がした。。
・・・・あ・・でも・・
これは「気がした」だけ。。。
・・ということに、のちに思い至る(爆)
先生のお立場上、
レッスンはいつもほかの先生方が聴講されることが多くて
一対一ということは、ほんとうにめずらしかった。
だから、うっかりと
「わたしのせんせい♪」と
そう思えたのかもしれないです。

どちらも私などに手が届くわけもない
でもだからこそ
思い切り「あこがれ」を語れる存在として
いつまでもそこにいてくださるのだろう。

ずいぶんと後になって
ちょうどそのころ、
ご主人である「御大」がお倒れになり
ご危篤状態が続いていた時期であったことを
報道などで知ることになる。
そんなこと、思いつきもしなかった自分に驚いた。
本当に自分のことしか考えてなかったなぁと
ますます、申し訳なさで身が縮んだっけ。

でも、先生はいっさいそういうことは
お話されなかった。
ただ、音楽のことだけ。それだけ。

いやはや。。。
私がレッスンを受ける。。というそのことが
かえって先生のストレスになっていたらどうしやう。
当時も思っていたけれど、
今になっても、そう思う(おろおろおろおろ・・)
実際
一年後に急逝された先生のご葬儀の折に
「先生を憤死させたのは誰だぁ?」と
先生のお弟子筋である先生方のサカナにされたし(怖!)
(あ・・私だけでなく当時の生徒一同ね(ぶるぶる))
(もちろん先生方のジョークなのですけれどもね。。)

NEC_1561.jpg

ブラームス 3つの間奏曲。
子守唄の歌詞が書き込まれた
ぼろっぼろの楽譜。
NEC_1562.jpg

ライプチッヒペータース版のくすんだ緑色と
真っ白な先生のお顔にうつった夕焼け色と
せんせいの手のぬくもりと
帰りがけにみあげたお月さんの想い出。。。

色あせない夕焼けの色
色あせない「わたしのせんせい」の記憶。

そのあと、ほんとうにいろいろあったけど。
「弾く人」だったり「教える人」だったり
がんばって「そういう人」でありたいものと
あたふたと踏ん張っているちっぽけな私を
どこかで、そっとささえていくれている。

これは、そんな大切な想い出なのでした。

なぜ、今日思い出したのかな。と
ちょっぴり不思議に思いつつ。
(ブラームスの予定はなかったのにね)
記憶の記録として書いておこうと思いました。

ー6月末のサロンにむけての最終準備の頃に記すー

めでたしのその後を

このような話題については、実は一度楽天で書いたことがあります。
リフレインのように、同じきもち
でも、前とはちょっぴり違うきもちも。。。

そんな「きもち」をつらつらと語ってみたり。。。

*************************

年度末近し!ということもあり。
今年はいろいろな活動の書類(3年間保管規定あり)など
「そろそろ処分してもいいかな?」というものもあり。
なおかつ重複したコピーもまとめたり。。
などなど「おかたづけ」の必要性を感じまして(はい、めずらしく)

先週からどっちゃりとどっぷりと書類整理中。

なかなかに、ずたぼろでございます(書類って重い。。ぜえはあ)

ついでに楽譜類もイチオウ出版社別に整理してみたり(あらめずらしっ)
NEC_1295.jpg
あんまりめずらしいから記念撮影してみたり(爆)
いつもはどうなのか?というと。。。
「いま使う楽譜とそうでないもの」という区分けしかしておりません(苦笑)

すぐ弾くもの→譜面台の上
もうすぐ弾くもの→譜面台の横
今年中に弾くもの→ぴあのちゃんの上のどこか
製作途中の資料→ピアノ脇の整理棚

ここまでで、すでに数十冊が重なっておりまして(滝汗)
あとはなんとか書庫におさまりました(ほっ)
地震多発につき、お写真&額いりのもろもろについても
こちらにしまいこんでおります。

で、ごしゃごしゃとおかたづけをしていたら
「????」というケースを発見

(開けるな危険!な予感。。。)

よせばいいのに
(ほら。。音夢鈴さんは好奇心のカタマリだからね)
ついつい、あけてしまい、座り込むはめになる(ああああ)

それは、長年の(えぇすごーーーく長年の)
発表会のプログラムの束だったのでした。

はい。コンサートじゃなくって、発表会です。
自分が生徒だった時代の発表会。ね。

で。。。あれこれ観ていく中で
自分の記憶違いに自分でびっくりしたのが、こちら。
NEC_1286.jpg

これは中央線沿線とある小さなピアノ教室のプログラム。
ですが。。。某こんくる中学生部門において
関東・甲信越・中部全部の一位が全員同じ教室(まぁびっくり♪)

で。現在どっちかというとポップスシーンでご活躍中の某S・T氏(関東1位)
ベートーヴェンのソナタじゃなくって、ウェーバーだったっけ?
あれぇ???月光3楽章で受賞して、発表会では全曲弾かなかったっけ??と。
しばし考える。。。。

(私@甲信越さんはドビュッシー版画より「雨の庭」です。)

そしたらページをめくって倒れそうになりました。
NEC_1287.jpg

受賞記念と普通の出番と両方あったの?そうだったっけ????
(普通の出番のほうが、ベートーヴェン全曲だったりして。。)

と、言いつつ
自分で自分にもびっくり!
ショパンのエチュード「黒鍵」を弾いたことは覚えていたのだけれど
このときに両方いっしょだったっけ???
おまけに「ついで」のようにスケルツォ1番も弾いてる。。。。

ついで。。といへば(いや全然ついでじゃないけども)
モーツァルト2台のソナタを弾いてるのも、この年だったらしい。。。

いやぁ・・・ねむりんさんととしやくんったら、
中学生の時はご立派。。。だった。。ね?(←あくまで過去形 爆)
ひたすら走り続けても、まだ走れる。
一日中弾いていても、まだ弾ける。
そんな時代に、
自分よりさらに猛スピードで、素晴らしく走りぬけている人がいた。
そういう存在に出会えた幸せを思います。
(もっちろん!くやしい気持ちも山ほど味わったけどもっ!あはは~ん♪)

いやはや。。。それにしても。
そんなオオゴトをなんでもなくやっつけた頃もあったのねぇ(遠い目)
そして、そんなに遠い日のことなのに
もしかしたら、あの当時のレパートリーが一番「手についている」のかもしれない。
本当に今の自分の基礎になっているなぁと。しみじみしたり。
いや~~ほんと!学生時代って素晴らしいっ!

と。。
そんなふうに、センチメンタルジャーニーをともなった
「おかたづけ」の後だったせいかどうかわかりませんが
今月の「にほんごであそぼ」の「おうた」に涙したりしております。
(このお写真の中学生たちって、初期メンバーくんたちよねっ!)

にほんごであそぼ「小さき者へ」
(ぜひ右上の「うたをきく」をぽちっとして聴いてください。できたら番組で振付も観てくださいね)


♪行け 勇んで。。。小さき者よ。。。

かつての私たちにも
そう背中を押してくれた
たくさんの方々がいて
そのおかげで
今があるのだと思います。

彼のように尊敬すべき身近な人物の存在も
またたいへんにありがたいものだった。
と、いまさらながらに感慨深かったり。。。

でも、このプログラムは、
むかしむかし、あるところでの
「めでたしめでたし」の証のひとつではあるけれど
それぞれに「めでたしのその後」を
えっちらおっちらと歩んで、
その迷いの後に「いま」があります。

その迷いのあちこちで
「小さきもの」たちの瞳に、本当に助けられました。
こんなにちんまりして、ずたぼろな「背中」だけれど
とても「見せられたものじゃない!」場面もたくさんあったと思うけど。
それでも、その背中を観ている子がいる、と思うことで
なんとか乗り切った山坂がたっくさんありました。
みんな♪ ありがと♪

そんな「いま」
この先にどんな「あした」があるのか。
もうそろそろ、落ち着いてもよかろう?
という「おとしごろ」なのに
うっかりやっぱり。
小さきころと変わらずに、どきどきしております。

はい。懲りない人であります(あはっ)

そして微力ながら
「行け!勇んで!」と
背中を押してあげることができたら
それもまた、とても幸せなことだと
心からそう思います。


今ね。
ちらちらと雪が舞っております@関東はじっこの当地。

でもね。
昼間、ちゃあんと観たんです。

ほら!
一瞬の青空。

そして
確実に。
着実に。

「春」です。

NEC_1289.jpg

某S・T氏はリンクにオフィシャルHPがあります♪

えらびえらばれ

前回のエントリーへの拍手ありがとうございます。
メールいただいたりもしましたので
室井先生の御著書についてすこしだけ。

物語形式です。
アポロ先生(←音楽のかみさま!ね?)と
ピンという少年の会話
そして、それをとりまく家庭・ご近所
時代とか世界観は・・そうですね。
サザエさんやドラえもん的かも

まったく「架空」としかいえない人物名が
逆に音楽そのものを際立たせる。
そんな印象。
ピン少年の年齢も書き込まれていません。
だからきっと、読者それぞれの経験値から
ご自分の「ピアノ年齢」
をあてはめて読み進むことができるかな?

巻末掲載の楽譜が、とっても「お得」なのは
アポロ先生によるピン少年のための「かきこみ」付き。
ということ。
つまり、室井先生ご自身が
こども(ピアノ年齢初心者)に理解できるように
書き込みを加えてくださっている。ということ。

掲載曲目。
ル・クーペ   ピアノのアルファベット(K) 
ケーラー    ソナチネ(Op55-1)
ベートーヴェン 二つのソナチネ(Nr2)
ツェルニー   30番(6)
モーツァルト  ソナタKV332 
ケーラー    ソナチネ Op88-2
バッハ     インヴェンション(4)
        フランス組曲(抜粋)
シューマン   ユーゲントアルバム 
モーツァルト  ソナタKv570
ベートーヴェン ソナタOp10-1
バッハ     シンフォニア(9)
ショパン    華麗なる大円舞曲

そして掲載楽譜なしだけれども(著作権の問題かな?)
物語の中ではショパンの前に、なんと!
バルトークのミクロコスモス「縄の日記帳より」
イベールの「物語」から「ガラスの鳥籠」
が、取りあげられています。

この本の初版は1975年です。
その当時に「こどもにわたすレパートリー」として
このラインナップ!
とても新鮮で・・そして・・・
楽譜をさがすのがたいへん!でした(ほんとうに・・・)
そして、当時は輸入楽譜で本当に高かったわ~(とほっ)

で、↑だけ見ると
「どんな『参考書』だろう?」と思ってしまいますので
目次の一部をば(ごそごそ)

♪ツェルニーものがたり
♪お話するバッハのおじさん
♪シューマンの世界
(だいたいピンはなにを忘れていたか)
♪モーツァルトとオールドファン
♪きむずかしや(ベートーヴェン)
♪数学きちがいの縄め!
♪ショパンとの対面

この一冊の中には
こういった「名人による楽曲解説」とか

NEC_1252.jpg


こういった「児童心理」とか
NEC_1253.jpg

先生ご自身にむけて、「大先輩氏」が語る言葉などは
うっかりするとこちらの要素が含まれたり。

NEC_1254.jpg
(芝居の脚本です。主役はマリアカラス。実際のマスタークラスを再現)


アポロ先生も、お友達のヘレンさん、大先輩氏などなど・・
御名前から、まったくの架空の人物っぽく・・。
ですが、「ムロマヤ先生」の御著書
「ピアニストへの道」「ひびきを求めて」
をあわせて拝読させていただくと
これは本当に先生の実体験に基づいた「ほんもの」
ということが、納得できたりいたします。

どちらにしても
「音楽に選ばれた方」の書かれた
「音楽を選ぶこども」の本であることには
まちがいありません。
(物語最後のパパの言葉が笑えますが・・苦笑)

そして巻頭の「手紙」で
大先輩氏がおっしゃること
「あなた自身がそれを体得していなければ
 そしてその上にあなたがそれを
 感覚の訓練として
 こどもに伝える方法を知らなければ
 ピアノの先生として失格ですよ」

という言葉は、いまだに
私のお尻をたたき続けているわけです(とほっ)

だから、教える人はもちろん「必読!」と
私などは思うわけですけれど
ここ最近、ふと・・・。

「重箱の隅をつつく」的レッスン
に、ちょっぴりあこがれを持ったり
「テクニックじゃなくて音楽の話を」
と、望まれたり

そういった、大人のアマチュアの方も
御読みになりつつ、弾いてご覧になる
というのも、楽しいのでは?
などと思ったりしたのでした。

現在90歳!
遠くから拝聴するのみ!
御著書を拝読するのみ!
のひとりのファンとして
いつまでもお元気でご活躍を!と祈ります。

・・・・・・・・・

ふぅ~ん・・・
それはそうと・・・
で・・そのテープルいっぱいに広げた本たちは
いったいどーするのさ・・(じろり~ん)

NEC_1256.jpg

ぎ・・・ぎくっ!(おろおろ)

おまけに、「納品」する「おうた」の仕上げは
いったいどうなってるんだい?

ぎくっ!

ぎくぎくぎっくり~~ん♪

きゃあああああああ(しゅたたたっ・・・)

あ!逃げた!


(まったく・・・ためいき)
NEC_1257.jpg

関係者各位さま。

「納品」とか「プロット」につきましては
有言実行!とか申しておりました
「節分」までには、きっときっと!
不肖・・アシスタントの小生(銀猫M氏)が
責任をもちまして
鍵盤屋の背中をどつきまくっておきますゆえ
しばしお待ちくださいますように!(ぺこっ)

翼を与えること

気がつけば
「教え」の仕事を初めて幾星霜(遠い目)
指導法とか奏法とか
そんな本もたんまりと(あはっ)
本を読めば弾ける・教えられる
というものでもなく
蔵書の数なんて
誇るべきものでもないですけれど。
単なる「時代の記憶」として。
NEC_1247.jpg
やっぱりこの2冊が私の原点。
ただし
正直に言うと
演奏している最中に
「奏法」のことなんて考えてないです(爆)
楽譜が語る音を、「ほうほう」と読んで
読んだまま紡ぎだしている。
ただそれだけ。
もっともクララ・シューマンの言う
「演奏中は『手』の存在を忘れている」
という境地には程遠いですけれども(汗)

さてさて
見知らぬUP主さまに感謝しつつ。
なんと!御大の弾くツェルニーはこちら。
蓄音器で聴くツェルニー30番 演奏:井口基成氏
御大・・・か・・・かわいいっ!(これっ!笑)

「これしか残っていない」というだけで、
これが氏の演奏の本質ではないです(きっぱり)
それでも、氏に対するうわさの数々
えぇ「かまびすしいうわさ」です。
それらを払しょくするに十分な気が。
氏の某大なレパートリーについては
春秋社版「世界音楽全集」ピアノ楽譜「全部」という
後にも先にも追いつけない質と量であることも事実。
そして、その御大が「この本を推す」
と、序文を書かれているのが
室井摩弥子先生の「ママ!僕ピアノ嫌い!」
NEC_1245.jpg
こちらは「教える人」となった私の原点。
この本は本当にお勧め!です。
当時購入したものは
ピアノ講師になった元生徒ちゃんにあげてしまって
これは再販されたものを再購入。
下にある仁先生の本と比べてご覧になると
「ピアニストになろうとしている人」へのことばと
「音楽を愛する子供になってほしい」先生のことばと
語り手の立場や願いのホコサキは違えど
音楽という大きな山に登るにあたり
登り方や選んだ道が違っても
目指すべき場所は「きっとそのへん!!」
ということがうっすら判ってきたりします。
(仁センセはクールにばっさり!なので御覚悟を!笑)

さて、本題の(前置き長い!!)
「思春期科」的話題は、この本の最終章に出てきます。
すこし引用させていただきましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(物語形式のこの本で、先生3人が語り合う場面です)

「将来ピアノを職業にするかしないかは別として
 音楽の心だけは、
 もちろん、それを表現するテクニックと一緒にして
 その子の生活の中に
 あとあとまで、しっかりと残るようなものを
 与えること・・・(中略)
「子供は子供なりに
 その手で音楽の本質にさわり
 音楽を自分自身の表現の一手段として
 身につけたら
 それは素晴らしいことだ・・(中略)
「いつまでも自分に隷属したもののように
 自分の腕にかかえこみ
 子供のようにあつかってはいけませんよ」

・・・ここまで語り合って寂しくなった先生・・

「そうね。先生は生徒においてきぼりをくうのね」

・・・するともうひとりの先生が言うのです

「ちがうわ。先生は生徒に翼を与えるのよ
 彼がどこまでも力強く飛んでいけるように」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はたぶん・・・
上記の御著書を書かれた先生はじめ
多くの先生に翼を与えていただき
飛び方を教わったのでしょう。
現実には
どこにも飛び立てなかったかもしれない
でも 音楽の中でだけは
心はいつも
ほんとうに自由に羽ばたいていますから

だからね
どんな分野に進んだ子でも
今、どんな環境にあっても
その子の心が
自由にはばたける翼を
こっそり残しておくように・・
と、そう願っていました。
いつでも。どんなときでも。
ただ、私のようなものに
その仕事ができたかどうか・・・
それはわからないけれども。

う~ん・・・もしかすると
教えたことよりも
生徒ちゃんたちや保護者の皆様に
教えていただいたこと
気付かせていただいたことのほうが
たんまりあるかもしれません(滝汗)。

あ・・・そうそう。
一般的な「地平」としての参考書なら
こちらもあります♪
(みなさんご存じですよね)
NEC_1248.jpg
(うわ~順番くちゃくちゃ!使用感満載! 爆)
くろねこ時計
プロフィール

音夢鈴ーねむりんー

Author:音夢鈴ーねむりんー
ねむりんチャンネルへようこそ!
なりわい:鍵盤屋
     (ぴあにすと)
生息場所:音の棲む場所 
     
基本クラシック奏者。
時として企画者。
あるときは脚本書き
たまにさすらいの吟遊詩人
気がつけば
てあそびナビゲーター?!
しかしてその実態は!!!!
・・・銀猫同居人である。

画像は御友達描くところの
音夢鈴(ねむりん)@公式
皆さまどうぞよろしゅう(ぺこり)

メールフォーム
音の棲む場所直行便窓口

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

まとめプラグイン
06 | 2020/07 [GO]| 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

カテゴリ一覧 最新記事一覧 コメント一覧 トラックバック一覧
[カテゴリ一覧]
WEBコンサルティングのバンブーウエイブ
最新記事
カテゴリ
最新コメント
QRコード
QR