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脱力するって

奏法研究の本などで
「いわゆる一般に喧伝するところの」
重要な「奏法用語」のひとつに
「脱力」
というものがありますね。
「脱=ぬく・ぬぐ」「力=ちから」
さて、では「どこの力」を?
そして「どのように?」

という
このあたりの考察については
実はすでに語りつくされた「一般論」。
「語るだけ」なら、いまさら。。。ね。

でもね。
「語る」のは カンタン!
「行う」のは た~~いへん!

そこで、ちょっと変化球。
「腕が奏でる音」を「観て」いただきたく。

御年60歳超にして一座を率いた公演。
過酷なスケジュールの「全国ツアー」。
しかも、それに加えて
トウシューズにもダンサーにも最悪の条件!
6月・・・梅雨の日本。

こちらはたぶんその最終日の映像。
プリセツカヤ「瀕死の白鳥@日本」



私はまったく偶然にも
この過酷なツアーの最終日の何回か前
地元ホールにて
しかも、ちょいとしたわけがあって
音響室という、不思議な場所から
この公演を見ていました。
オーケストラが入っていたし
録音・録画もない。ということで
音響室は仕事なし。
でもチェックのためモニターをいれてあって
ゆえに舞台ソデの様子もモニターに映る。

そんなわけで
この「幻のような」白鳥が
「うつしみの人間」になる瞬間を
目の当たりにしたわけですね。
もちろん「化身する前」の姿も。

まったく重力から解放されたようにみえる「腕」
その完全にさえ見える「自由」「解放」とは
実は、どれほど意識され鍛錬されて
はじめて長期間維持していけるものなのか。

わかっていたつもりでしたが
あらためて深く考えたことでした(遠い目)

そんなわけで、あえて
こちらの動画をお借りしたわけです。
今の、そしてこれからの自分のために。ね。

さて、この動画を観て得られること?
それはとても感覚的なことで
言葉にできない。。。かな。
でもね。
「言葉」にしにくい「なにか」
そういう場所には、いつだって
「音楽」が棲んでいる気がするの。

あ・・・
バレエに詳しい方々へ、ちょっと「言いわけ」。

「コンクール式減点法」を装着した目で
ご覧になるのは「今は」おやめ下さいね。
こまかいキズとか
振付・ダンスメソッド・解釈
そういったものへの現時点での違和感。
さらには、彼女の好き嫌いについて
そういったことのすべてを
今、このお話においてのみ
ちょっと脇へ置いておくことを
お許しください。

ただ「この腕が奏でる音」
それのみを門外漢の鍵盤屋が語っている
そう思ってお目こぼしくださいませ。

さてと。
「脱力」について
もうひとつの「変化球」をご紹介。
(楽天時代含め、すでにご紹介済みではありますが。。。)

ツィーグラー教本
1969年 第1刷。
image_20120910113744.jpg

こちらは「教える人」のための本であり
「教わる人」のものではないです。
だからこそ、ものすごく厳しい!(苦笑)

いきなり冒頭にあるのが、この言葉。

第一部「構想」 冒頭
  最後の頂きまで運んでくれるのは
    自分自身の努力だけである!
         ーツェーザレ・フライシュレンー


はい。ごもっとも!
なによりもまず「弾け」と。
とりあえず「さらえ」と。
おっしゃるとおりです~~~(たははは・・滝汗)
この言葉も含めて
この本のことを「変化球」というのは
「回転・ゆれ・まがり」
いっさいそういうものと無縁な
ある意味「まっすぐすぎる」考え。
取り方によっては「無菌室的発想」でもあり。
でも、だからこそ永久機関のように
「無窮動」を得られる言葉に満ちている気がするから。

さてさて、冒頭文の中に
偉大な教育者たちの発見」と「ひとつの誤診」
という興味深い記述があります。

「弛緩」「重量奏法」などの教授において。
演奏家でもある教育者たちは、自分自身は「無意識に」
音を「聴いて」演奏している。
そこで得られた認識から、体の「機能」でなく「演奏する動き」を模倣させることで
その芸術的演奏を生徒に「説明」してきた


これは過去(原作発行は1928年)の教育法が・・です。
そして聞く・・でなく「聴く」ね。
そこには大きな隔たりがあることは大前提として。

「動きを教える=観る」メソッドがあれこれ生まれ、
「育てられた結果」として、今目の前にいる「自分の生徒」たち。
彼ら「未来の教育者」に「教授法」を教えるために、
著者の語った言葉が本になっているわけですね。

さて、「教える人のため」ですから
この「聴く」に対する厳格さたるや!
おそろしいほどの厳しさが要求されている。
指導する立場としては当然のことですが
振り返って「自分は出来ているの?」
と、自分に問う場合においても
読めば読むほど、恐ろしい(ぶるぶる)
そこらへんの怪談より数倍「怖い話」かも。

というわけで、こちらも
「これからの自分をどうする?」
という目的のために再読中。
もちろん
「考察」し「語る」ためでなく
実践のために。

さて、では「おまけ」です。
「考えうる最悪の状態」の動画だけのUPでは申し訳ないので
プリセツカヤ50歳(←これでも十分びっくり!)
スタジオフィルムみたいだから本人納得?という動画。

プリセツカヤ フィルム(50歳!)



そして、こちらは「元祖」のアンナ・パブロヴァ。
2011年のUPみたいですからたぶん「音」は後付けですね。

善き時代の「御大評論家諸氏」が熱く語っていた、
あの「胸元に血痕のごとく輝く大きなルビー」が
はっきり見えますね。


さてさて
いつの間にか、こっそりと
そこここに「秋」がおりました。
そんな日の「脱力系」な一考察。
本日はこのあたりにて♪

NEC_2042.jpg

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61歳*

『為せば成る
為さねば成らぬ何事も
成らぬは人の為さぬなりけり』

上杉鷹山(うえすぎ ようざん) 米沢藩(山形県)藩主

なぜか 
このことばが
こころにうかび
胸にささったこと*でした

Re: 61歳*

> 『為せば成る
> 為さねば成らぬ何事も
> 成らぬは人の為さぬなりけり』
>
> 上杉鷹山(うえすぎ ようざん) 米沢藩(山形県)藩主
>
> なぜか 
> このことばが
> こころにうかび
> 胸にささったこと*でした


上杉の「おやかたさま」の御言葉ですね。
含蓄深く。。。ふむぅ。。。。。

成らぬは人の為さぬなりけり。

そのあたりは本当に同じかも。
ただ、
「為さねばならぬ」
とはあんまり思ってないかも(これこれ)

「為したいとこがれる」
のですよね。どうしようもなく。
かくありたいと
ただただ、あこがれること。
それだけが真実なのかもしれません。

NoTitle

動物の謝肉祭では フツーの白鳥なのに バレェで ひん死の白鳥 があるのは知りませなんだ、  もっとも 私がこの曲を弾いてると 女房が「瀕死の白鳥やね」とつぶやいたのは事実
  にしても Dying Swan カタカナにすると 台所で立ち食いする白鳥 とイメージしてしまうのは 大阪人だからかな~

Re: NoTitle

> 動物の謝肉祭では フツーの白鳥なのに バレェで ひん死の白鳥 があるのは知りませなんだ、  もっとも 私がこの曲を弾いてると 女房が「瀕死の白鳥やね」とつぶやいたのは事実

え?必死の白鳥?(こらこらこら~~ 爆)
車に臭い(←違っ!)謝肉祭から抜粋して振付たのはパブロフヴァみたい。
連弾・合唱版・ソロ版・2台版・・ばんばんばんとオンステしました。昔話ね。

>   にしても Dying Swan カタカナにすると 台所で立ち食いする白鳥 とイメージしてしまうのは 大阪人だからかな~

ダイングスワン????
台んぐ座ん??座らへんの?白鳥??(だははは!)
たしかに!実は。。。(こそーーーり)
バレリーナちゃんたちは(舞台一般そうかな?)
「お衣装来たら座ったらいけません!」
というセンセが多いので、お衣装では座りません♪
でも、ときどきお口もぐもぐしている子白鳥ちゃんは、
よくよく見かけます(爆)
くろねこ時計
プロフィール

音夢鈴ーねむりんー

Author:音夢鈴ーねむりんー
ねむりんチャンネルへようこそ!
なりわい:鍵盤屋
     (ぴあにすと)
生息場所:音の棲む場所 
     
基本クラシック奏者。
時として企画者。
あるときは脚本書き
たまにさすらいの吟遊詩人
気がつけば
てあそびナビゲーター?!
しかしてその実態は!!!!
・・・銀猫同居人である。

画像は御友達描くところの
音夢鈴(ねむりん)@公式
皆さまどうぞよろしゅう(ぺこり)

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