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19世紀的迷子ぶろぐ

伝えたい・・と願うこと
でも、その一方で、同じほどの強さで
伝わるだろうか・・と悩むこと
迷いの振り子が行ったり来たり・・・

この「願い」と「悩み」の織りなす
複雑でとりとめもないタペストリー
自分さがしの迷い子がさまよう
不安定な心臓の音や足音が刻むリズム

それが
「ロマン派の音楽」
というものの正体かもしれない。。
と、ふと想うことがあります。

19世紀という時代のもつ「不安定さ」もあるでしょうが
人が自分自身である「からだ」と「せいしん」との違いに悩み
その両者のそれぞれの成長バランスがどうにもうまくいかずに
その「ゆがみ」と闘っているとでもいうのでしょうか。
どちらも等しく「自分」というものには違いないのだけれど
からだは「いやそんな風には弾けません」と言うだろうし
精神は「いや、もっとこんな風に弾くべきだ」と言うわけで
どちらも言い分があまりに勝手すぎて折り合わないんじゃ?
という、そんな場面が多発してくるのは
どうもこの時代が始まりなような気がしてならない。

もちろん!
アジアの片隅に住まいするちっぽけな鍵盤屋の思いにすぎないけども。

ふくらみすぎた「ロマン」をもてあましている・・
そんな曲もたくさんあるような気がする昨今でございます。

そういったあやうい綱渡りを好むような時代背景ゆえか?
いくつかの楽曲の
疾風怒濤(しゅとるむ・うんと・どらんく)っぷりったら
まぁたいへんなもので。
うっかりすると、演奏者本人をも「見物人」に仕立て上げがち。

まず自分自身が音の波に飲み込まれないように
しっかりと和声の示す方向を見据えなければっ!
などと言ってるそばから
音の行方を見失い、空中分解したりして(ああああああ)

演奏者がすなわち作曲者であり
録音・・という技術がなかった時代。
即興演奏が、実はいちばんおもしろかったらしい・・
そんな時代。

では残された「空蝉(うつせみ)=楽譜」を前に
私たちになにができるだろう?

たとえば
子供たちが無心に「どーはドーナツのどー」
と歌う、あの「ド」
その「ド」のユニゾン(同じ音)でスタートしている
あの曲を想う時・・などに。

あたかもF dur(ヘ長調)であることに
気付いてほしくないのか、それとも?
次の瞬間吹き荒れる大嵐。
それはまるで作曲者自身の「心の中の嵐」のようなんだけれど
その前触れすらかくすように 
冒頭の「ド」のゆらぎは限りない単純さを見せる。


ショパンのバラード2番。
この曲の最初の「のんきな単純さ」って
後の展開を考えると、本当に不思議・・・。

さて、で・・こちら・・
まさしくその冒頭。ご本人の直筆(もちろんコピー!)なわけですが
フレデリックはなにを迷ったのか?

なんか消してますねぇ・・・冒頭から・・。
気になる・・・・
いったいこの冒頭で どんな音を「消した」のか?
ほんとうは何がかいてあったんだろう?
う~~~む・・・・。。。。

この曲は、彼の賛美者であるシューマン氏にささげられているのよね。
ではそこに、託された・・・・?いや、もしかしたら逆に・・。
だからこそなにか「隠された」のか?・・そうかもしれない・・。
シューマン氏(およびその取り巻き)の言葉の選びっぷりったら
「で?なんの音楽の話でしたか??」というくらい妄想が暴走することが多々あり(爆)
ショパンなどは、
「いや・・あの・・ボク自身は・・そんなことは思ってない・・デス」
っていうことが多かったみたいなのに。
「きっとこうだよね!そう言いたいんだろう?うんうん!わかるよ!(だから違うってば)」
って酔いしれたように(時には本人目の前にして・・笑)熱く語るわけで。

「か・・・かんべんしてくだはい・・(この人どーにかしてくれよ~とっほほ)」
と想うこともあっただろうし~(爆)
でもでも、そうして書かれた評論って「定説」として伝えられちゃっているわけだし。

ねぇ?(←誰に聴いている? 笑)

そうやって(カンチガイされつつも 苦笑)
ほめたたえられ・もちあげられ・・
それに見合うだけの作品を懸命に作りつつ。
それでもなお、異国に暮らす亡命者として生きている。
理解されているようで、その実(たぶん)
ほんとうの自分らしい「ことば」は誰もわかってはくれない。
その、胸をしめつけられるような「寂しさ」。

いや・・あのその・・・
ショパンという人が「語学で苦労していた」などという記述は
少なくとも邦訳をされている書物には見当たらないデス
(私が読んだ限りでは・・とりあえず・・ですが)

でもでも・・。

「彼は寡黙であった」
「おとなしかった」
「無口だった」

という記述はある。のよね。。。たくさんあるのよ。

一方で書き言葉・・つまり「手紙」などでは、
むしろ熱く愛国心を語り、革命活動に賛同もしていたり。
音楽家としても、時には手厳しく相手をやりこめ・皮肉を言い。
自分の音楽に妄想族的解釈を加える人々を笑いギャグもとばす。

だのに「会話」しなければいけない場面において
たとえば
「サロンは彼にとって苦痛」だったようだという「噂話」
もあったり(同時代人の伝記的記述からひろうと・・です)
「控えの小部屋・少量のホウレンソウと卵。そして静寂」
それを保障することが、彼に気持ち良く演奏してもらうために
必要かくべからざるものだったらしい。
などという「伝聞」も残されていたりするし・・。

こういった「社交的手紙」がおおっぴらに交されていた「事実」

これらの「事実」を重ねて、重ねて。。。。
透かし模様でも観るように、さぐってみる。


どうかな。。。。

そこに「言葉の壁」に苦しむエトランゼの姿が見えるというのは
まちがっているかな・・・
「自分らしさ」を表現する唯一の手段としての「音楽の捧げもの」
それが、これらの曲であるとするのは
違っているかな・・・どうなんだろう???


フレデリックくんって

(これは「オシゴト」です・・ボク個人的な感情は持ちこまないから)

なぁんて言ったりするかなぁ・・(←そーゆーのを妄想族っていうんじゃ?爆)

それにしても、当時の「手紙」とか「個人的な評論」とかって
いまのツイッターとかブログとかと、ほぼ同じね♪(爆)
シューマン氏なんて、HNめいた「別名」をいくつもお持ちだし(爆)
ついでに夫人(クララ)にもHNつけちゃってるし。

あ・・ご存じでしょうが、彼らの「コミュ」の名前は

「ダビッド同盟」デス。(当時 業界では有名だったそうな~♪)

HNといっても、読む人が読めば誰だかまるわかり!
というところも似ているし それに(ふふふふ)

「おやぁ?これってもちあげ確信犯?→おもにクララについてですね♪」

「あれぇ?これはかなり不当なタタキですか?→おもにリストについてですね(苦笑)」

など、かなり「まるわかり」な雰囲気で自分勝手な意見がまかり通っていたり。
そんなことも今のネット発言などに近いかもしれません。

などと・・・
妄想を繰り広げたり、楽曲分析をしてみたり。

でもねぇ・・そんな風に迷子になっていると
その「辿りつくところ」である、「演奏の出来」が
それに見合うものであるかどうか?という
そこに最も「ゆがみ」が生じてたりして(爆)

えぇほら・・つまり・・
言うだけのことは、ぜんぜん表現できてない!
・・かも・・きゃあああああ(滝汗)

うぅっ・・・

「そんなことより、さらえば(練習すれば)?」

というささやきが聴こえたような気が
(しかも恩師の声で・・ぶるぶるぶる)。

そーですね~~ほんとだわ~~~~♪

ほっほっほ~~~

(しゅったたったた~~♪←あ!逃げた!)

NEC_1433.jpg

す・・・すみません!
鍵盤屋は楽譜をつかんであわてて逃げましたので
白黒鍵盤に向かってぶつぶつ言ってた言葉を拾ってみました。
(おぉ!銀猫氏がちゃんとアシスタントの仕事をしているよ!)

NEC_1435.jpg

それにしてもたいへんにとりとめもなく、
またここまでだって長いのに
さらにさらに、たいへんに長くなりますので、
ここから先は、ショパンの音楽にご興味のある方のみ、
また、お時間のある方のみ
お読みくださいますように(ぺこりっ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ショパンのバラード。

4曲セットのようで、どれもまったく違うのね。

作曲された年代も、その背景も。
そして、「形式」すら異なる・・というよりも
バラードという「器楽曲の形式」なんてものは
本当は存在しない??かも?

バラードという言葉を選んだのはたぶん
イメージとして中世の吟遊詩人の弾き語り叙事詩なのだろうけれど。
そして「伝聞」によれば、いくつかの「詩」に触発されたり
モチーフとしていたり・・ということなのだろうけれども。

でも、結局のところ、ショパンがなぜ?これらの曲を
「バラード」と名づけたのかは、やっぱり「なぞ」かもしれない。。

唯一「たしか」なことは、これは4曲ともはっきりと「ささげもの」であるということ。

そういう意味ではしっかりと「オシゴト」であったわけですね。

         ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

作品23 ムッシュ・バロン(男爵)・シュトックハウゼン様へ
     1831年6月ウィーンでスケッチをはじめ4年後パリでまとめる。
     
     1831年@ウィーン・・・
     1830年 ワルシャワ蜂起事件をきっかけに亡命した彼にとって
     亡命者として異郷にある自分と向き合った作品ともいえるし・・。

     シューマン氏の「作者に聞く!」的な記述によると(ほんとかどうか疑問だけど)
     「愛国的な詩人の叙事詩(バラッド)に触発された曲。花園にかくされた大砲」
     ・・・・・・・・・とな?
     ふ~~むふむふむ。。。。
    
     で・・・冒頭の「ナポリの6度」ですが、ノクターンにもたくさんあって
     フレデリック的であり、「おとくい」の手法であり・・・。

作品38 ムッシュ・ロバート・シューマン様へ(ほほ~~♪)
     バラード1番に熱狂的なYes!を叫んだシューマン氏に献呈されたのよね。
     でもでも・・・
     シューマン氏は「1番のほうが良かったよね(ぶちぶち・・)」
     という感想を発表しちゃったけども(ああぁああああ)


作品47 マドモアゼル・ポーリーヌ・ドゥ・ノアイユ様へ
     ドゥ・ノアイユ・・という名前
     ついつい「ノアイユ夫人@ベルサイユ」を想い浮かべてしまふ。。
     時代としても「続いている頃」だし。。ねぇ。。
     御親族さま?だろうか?・・・と妄想が走る。
     どちらにしても パリ~~♪なサウンドではある・・・かな?
     で・・このなんとも「バルカローレ的」な雰囲気というのは
     やっぱり「水の精(byミキシェビッツ)」という詩に触発されたから
     というのが正解なのか?・・・いやそれは本人にしかわからないけれども。。
     (ほら・・・あの・・若者を水の中にひきずりこむっていう・・あれです)


作品52 マダム・ナサニエル・ドゥ・ロスチャイルド様へ
     このロスチャイルド家には、のちに「遺作」として発見された曲が
     多数あったのよね。大きな後援者であられたのであらう・・ふむ。
     この曲の作曲にさいしては、すでに彼自身の中にも
     「バラードという僕が創ったシリーズ」という自覚はおおいにあったのでは?
     その自信と確信が、この曲をしっかりささえている気がする。

       ♪ ♪ ♪ ♪

この4曲目ができる頃(ショパン的には晩年ですね)には、
パリもウィーンも、そしてそこに集う人々も
彼にとってもはや「異郷」ではなかったのかな。。
ほんとうの意味で・・と言うことなると
本人にしかわからないだろうけれど。

でもでも。ねぇ?

ほんとうに、そうだったらいいのにな。。。。

以上・・
ほんとうにほんとうに「こじんのたわごと」でございました。
長々とおつきあいありがとうございました。
NEC_1434.jpg

   
鍵盤屋代理 銀猫M氏 拝

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音夢鈴ーねむりんー

Author:音夢鈴ーねむりんー
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なりわい:鍵盤屋
     (ぴあにすと)
生息場所:音の棲む場所 
     
基本クラシック奏者。
時として企画者。
あるときは脚本書き
たまにさすらいの吟遊詩人
気がつけば
てあそびナビゲーター?!
しかしてその実態は!!!!
・・・銀猫同居人である。

画像は御友達描くところの
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